2009
06
24

自分の都合から、国教会を作った国王陛下。

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本日6月24日は「ヘンリー8世(Henry VIII, 1491-1547)」の国王即位から500年を迎えるのを記念し、ロンドンではイベントが開かれているそうです。
テューダー朝のイングランド王「ヘンリー8世」は多方面で多くの才能を発揮していたことで知られていますが、おそらく6人もの妻をもったことが、彼を有名にした一番の理由かもしれません。

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1.「キャサリン・オブ・アラゴン(Catherine of Aragon, 1485年 - 1536年)」最初の妻
もとは夭折した兄、アーサー王(結婚後僅か半年で逝去)の妻で、そもそもはスペインとの国政関係から取り決められた婚姻。結婚から20年余りを経た後に離婚する。
キャサリンは6人の子供を生むが、生き残ったのはただ一人の女子で、後の「メアリー(Mary)女王」となる。


2.「アン・ブーリン(Anne Boleyn, 1507年? - 1536年)」2番目の妻
キャサリン・オブ・アラゴンの侍女。王はアンとの結婚を強く望んだが、教義上、前回ローマ法皇の特許状まで得て結婚したキャサリンとの離婚が認めれられる筈もなかった。
苦慮の末、王は新たな法などを制定し「婚姻がなかったこと」にしてしまう。また、自らを「イングランド国教会」の長としてローマ・カトリック教会から離脱した。
アンとの間にも男子の世継ぎは誕生せず、唯一の女子は後の「エリザベス1世」となる。
彼女は次の妻ジェーン・シーモアとの結婚のため、(婚姻を無効とするため)無実の罪を着せられてロンドン塔で処刑される。

なお、当時世継ぎのなかった王だが、愛人「エリザベス・ブラント(Elizabeth Blount)」との間には私生子「ヘンリー・フィッツロイ(Henry Fitzroy)」があった。彼は1525年に認知され、リッチモンド公(Duke of Richmond)の称号が与えられる。


3.「ジェーン・シーモア (Jane Seymour,1536年-1537年) 」3番目の妻
元は王妃キャサリンの侍女として、やがて王の2番目の妻アンの侍女として仕える。プライドが高く何かと口論が絶えないアンとの結婚生活に嫌気が差した王は、対照的なジェーンに惹かれ始めたと伝えられています。
アンが二度目の流産をして間もなく、王はアンを無実の罪で処刑し翌日には婚約を公表。その二週間後、二人は正式に結婚。
難産の末待望の男子(後のエドワード6世)を出産するも、疲労と産褥熱からそのまま息を引き取ってしまいました。
6人の后のうちただ一人彼女だけは、ヘンリー王と共にとウィンザーの墓所に埋葬されています。


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4. 「アン・オブ・クレーヴズ(Anne of Cleves, 1515年 - 1557年)」4番目の妻
ユーリヒ・クレーフェ・ベルク公ヨハン3世の娘。政略結婚とされ、王は一度も寝室を共にしないまま、半年後に離婚しています。 肖像画があまりにも美化されていたため、初対面時で王が激怒したというエピソードも。


5. 「キャサリン・ハワード(Katherine Howard, 1521年? - 1542年)」5番目の妻
アン・オブ・クレーヴズとの離婚後まもなく、アン・ブーリンの従姉妹キャサリンと結婚。
当時王は49歳、キャサリンは19歳と、30歳もの歳の差夫婦であったようです。 キャサリンも奔放な振る舞いと無軌道な不倫関係があったとされ、アン・ブーリン同様にロンドン塔で処刑されます。(やはり彼女自身は無実を訴えたが聞き入れられず、事実は曖昧なまま処刑されたようです。ハンプトン・コート宮殿の廊下は、キャサリンの幽霊が無実を訴えようと出没する「幽霊の廊下」としても知られるのだとか)


6. 「キャサリン・パー(Catherine Parr, 1512年? - 1548年)」最後の妻
処刑から18ヶ月後、ヘンリーは最後の王妃となるキャサリン・パー(Catherinde Parr)と結婚。
資産家の郷士で父王に仕えたサー・トマス・パーの娘である彼女ですが、先に二人の夫と死別しており、経緯は不明ながらも抜群の才女振りと育ち良さから、側近からも王妃に推されたという説が強いようです。

推挙通り彼女は往年の体力を失って病気がちの王に良く仕え、庶子扱いのままになっていたメアリーとエリザベスの二人をプリンセスとして復権。
同時に、皇太子エドワードと共に彼らの教育に腐心し、やがて語学堪能な「エリザベス1世」の素地を養うことになります。
ヘンリー王は、結婚3年半後に亡くなっています。
なお、キャサリンこの後はジェーン・シーモアの兄と再婚していますが、翌年に病死しています。


ヘンリー8世は長年に渡り世継ぎ(息子)を授かるために大変な苦労をしましたが・・・
英国史上最も偉大な君主になったのは、皮肉な事に娘の「エリザベス(Elizabeth I, 1533-1603)」でした。

なおローマ教皇から破門前に得た「信仰の擁護者」(Defender of the Faith)という称号は、国教会の成立後もその後継者に代々用いられ、現イギリス女王エリザベス2世の称号の1つにもなっています。



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